東京地方裁判所 平成4年(ワ)3124号 判決 1996年9月30日
原告
奥野初枝
同
髙田茂登男
同
古市滝之助
同
風巻成秀
同
風巻秀夫
同
堀江正一
同
寺田栄美子
同
長曽我部次男
同
奥野政信
同
木下忠義
右一〇名訴訟代理人弁護士
安倍治夫
被告
甲野一郎
同
乙川二郎
右訴訟代理人弁護士
下光軍二
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 原告らの請求
被告両名は原告らに対し、各自金二〇六五万円を支払え。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 天下一家の会・第一相互経済研究所こと内村健一は、昭和五五年二月二〇日午後二時、熊本地方裁判所から破産宣告を受け、その破産管財人として被告両名を含む四名の弁護士が選任された。
2 被告両名の違法行為
(一) 九段ビルの不当廉価売却
被告両名は、破産管財人として、その破産財団に属する財産を処分するに当たっては不当な廉価で売却することを厳に慎しむべき職務上の注意義務を負っているところ、平成二年三月二九日、内村健一の破産財団に属する別紙物件目録記載の土地建物(いわゆる九段ビル、以下「本件物件」という。)を、同物件が時価金一二〇億円を下回らない物件でかつ同金額前後での買受申出人が複数存在することを知りながら、時価との差額約金二五億円をいわゆる裏金として不当に利得する目的で野口敏也・財団法人肥後厚生会(仮理事・弁護士春田政義)・株式会社ワコーエステイト(代理人弁護士山田利昭)と共謀の上、前記野口敏也に対し金九五億円という不当廉価で売却した。なお、本件物件を買い受けた野口敏也は、同日のうちに株式会社カコーに対し金一二〇億円で転売した。
(二) 管財経費の濫費
被告両名は、破産管財人として、管財経費の支出に当たっては不要な出費を避けるべき職務上の注意義務を負っているところ、管財業務補助者として一六名の弁護士を選任すれば十分であったのに、前記宣告後、管財業務補助者として全国各地に三二名の復代理人弁護士を選任し、月額金二〇万円ずつの報酬を一二年間にわたって支払った。
(三) 不良債権者の排除過怠
被告両名は、破産管財人として、正当な権利を有しない者が破産債権者として届け出てきたときはこれに対し異議を述べる等して、同人らが破産財団から不当に配当を受けることがないようにすべき職務上の注意義務を負っているところ、いわゆるねずみ講の上位加入者のように既に下位の加入者からの上納金受領によって損失を回収している損失回収済債権者や本件破産財団に対する債権者から当該債権を買い集めて届け出をなした債権届出業者のような、破産財団に対する正当な権利を有しない者の債権届出に対して、破産事件の債権調査期日において異議を述べず、漫然、その債権を確定させた。
3 損害の発生
原告らは、前記破産事件において、熊本地方裁判所に対し別紙債権目録記載の各債権を破産債権として届け出た。但し、原告髙田茂登男及び同古市滝之助は、破産債権者として届け出た者からこれまでの間にその債権を譲り受けた。また、右破産手続における届出債権の総額は約金二一六億円である。
一方、被告らの前記2(一)ないし(三)記載の各行為により、本件破産財団は、(一)の九段ビル不当廉価売却により時価と売却価格の差額金二五億円が、(二)の管財経費濫用により過剰に選任された一六名の復代理人弁護士への既払報酬額合計金四億五〇〇〇万円が、(三)の不良債権者排除過怠により同人らに対する配当金合計金一〇億円がそれぞれ減少し(以上合計金三九億五〇〇〇万円)、そうすると前記破産事件における届出債権総額金二一六億円余の中に占める原告らの届出債権額は前記のとおりであり割合でいうと約0.7バーセントであるから、原告らは被告両名の前記違法行為により合計金二〇六五万円の被害を受けた。
4 まとめ
よって、原告らは各自被告らに対し、それぞれ民法七〇九条に基づく損害賠償請求として、右損害賠償金二〇六五万円の支払いを求める(原告らの連帯債権)。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2(一)の事実のうち、被告両名が、平成二年三月二九日野口敏也に対し本件物件を金九五億円で売却したことは認めるが、その余は否認する。被告両名がなした本件物件の売却は、諸般の事情に鑑み破産管財人としてなした合理的判断であって、被告両名に注意義務違反はない。
3 同2(二)(三)の事実はいずれも否認する。
4 同3の事実のうち、原告髙田茂登男・同古市滝之助に関する部分及び同長曽我部次男の債権額のうち金一三四七万円を超える部分はいずれも否認し、その余は認める。
第三 証拠<省略>
理由
第一
一 請求原因1の事実(内村健一への破産宣言と被告両名の破産管財人就任)は当事者間に争いがない。
二 被告両名による違法行為の有無
1 九段ビルの不当廉価売却について(請求原因2(一))
(一) <証拠略>を総合すれば、次の各事実を認めることができる。
(1) 内村健一(故人)は、昭和四二年ころから同五四年ころにかけて、天下一家の会・第一相互経済研究所の名称で無限連鎖講(いわゆる「ねずみ講」を組織し、日本全国に大きな波紋を及ぼしていた者であるところ、西隆史ほか約一一二万余名に対し合計約一八九六億二二八四万余円の債務を負担し支払不能に陥ったとして、昭和五五年二月二〇日午後二時、熊本地方裁判所において破産宣言を受け(同庁昭和五四年(フ)第八号)、被告両名を含む四名の弁護士がその破産管財人に選任された。
(2) 被告両名を含む四名の弁護士は、破産管財人に就任後破産財団に属する財産の収集に努めていたところ、本件物件が財団法人天下一家の会の名義であるものの真実は内村健一が出捐して取得したことが判明したことから、本件物件が破産財団に属することを確定させるため、財団法人天下一家の会から旧名称に変更した財団法人肥後厚生会(仮理事として熊本地方裁判所により東京弁護士会所属弁護士春田政義が選任された。)を相手方として、昭和五五年、東京地方裁判所に土地建物所有権確認訴訟を提起した(同庁昭和五五年(ワ)第五七四四号)。しかし東京地方裁判所は、昭和五七年一一月一日、破産管財人敗訴の判決を言い渡したため、破産管財人側が東京高等裁判所に控訴していた(同庁昭和五七年(ネ)第二八八九号)ところ、同庁は昭和六三年一〇月三一日、原判決を取消し破産管財人側勝訴の判決を言い渡し、これに対し財団法人肥後厚生会及びその補助参加人株式会社ワコーエステイトが最高裁判所に上告していた。
(3) ところで、破産者内村健一の平成元年一一月三〇日時点における国税及び地方税の滞納額は金八一億円余り(国税と地方税を合わせ本税が金一二億六五〇六万余円、加算税が金九億三八七四万余円、延滞税が金五九億五八七四万余円)に上っていてその後も月々約一五〇〇万円の割合で延滞税等が加算されることとなっており、また本件物件に課される固定資産税・都市計画税も年額で金一〇〇〇万円を超える状況にあり、そのうえ、破産宣告後一〇年が経過していたにも拘わらず一度も配当を行っていなかったことから多くの破産債権者等より配当実施の督促を再三に亘り受けていたこと等から、破産管財人たる被告両名(他の破産管財人死亡により平成元年から二年にかけては被告両名だけがその職にあった。)としては、本件物件をできるだけ早期に売却し前記滞納税金等を支払うと共にとりあえず中間配当を実施する必要があることを痛感していた。しかし一方で、最高裁判所に係属中の本件物件を巡る前記訴訟が破産管財人勝訴のまま確定しない限り本件物件を処分することは事実上不可能であるところ、前記のとおりの訴訟経緯からして上告審において破産管財人勝訴の二審判決が維持されるか否か予断が許されず、また上告審の判断が示されるまで更に相当の期間を要することが見込まれ、そのうえ本件物件の一、二階の一部及び五ないし九階部分に不法占有者が存在していたことから、本件物件の任意売却には困難が予想される状況にあった。
(4) このような中にあって、熊本市に居住し被告甲野とも面識があって不動産取引の経験もある会社役員野口敏也(元サニー工業株式会社代表取締役)が、平成元年一一月ころ破産管財人たる被告甲野に対し、①上告人らに上告を取り下げさせる・②売買価額は金九五億円とする・③本件物件の引渡しについては一部を除き現状有姿のままでよい等の条件を提示して本件物件の買受申込みをしてきたので、被告両名においてこれを検討した結果、前記訴訟を破産管財人勝訴のまま確定させることになる右①の条件を提示してきた買受申出人は他になく、また右②の代金額九五億円は当時の本件土地の適正価額が金約九二億円であることに照らして不当な金額とはいえず、更に当時の買受申出人はいずれも不法占有者排除を条件とするものであって現状有姿のままでよいとする③の条件を提示したのは野口敏也のみであったこと等から、大都工業株式会社その他の第三者から金九五億円を上回る金額(金一一〇億円位)の買受申し出はあるものの、上告取下げ等の条件が付されていないこと等を考慮し、野口敏也を買受人とすることが適当であると判断し、同人にその旨の内意を与えるところとなった。
そこで被告両名は、平成元年一一月三日から同年一二月三日までの間に破産債権者の全国一六箇所の地区代理人弁護士一六名の同意を得たうえ、平成元年一二月六日付けで破産裁判所である熊本地方裁判所に本件物件を代金九五億円で野口敏也に売却することについての許可申請を行い、同裁判所は、前記野口敏也が平成二年三月二三日に約束どおり上告人両名の上告取下書を持参し(同年二月六日付け上告取下げ)同年三月二六日に買入資金九五億円の預金残高証明書を提出したことから、同年三月二九日、本件物件を野口敏也に代金九五億円で売却することの許可決定をなした。同決定を受けて被告両名と野口敏也は、直ちに本件物件を野口敏也に代金九五億円で売却する旨の契約を締結し、同日のうちに代金の支払もなされた。
(5) なお、野口敏也は上告人両名と平成元年秋ころから接触をもち、上告取下料として財団法人肥後厚生会に対しては金一〇億円・株式会社ワコーエステイトに対しては金五億円を支払うことで事実上の和解契約を締結し、いずれも平成二年二月六日に旭東通商株式会社から金一五億円を借用してその支払をして両名から上告取下書の交付を受けた。
一方、平成二年三月二九日に本件物件を買い受けた野口敏也は、即日これを隣接所有者である株式会社カコーに代金一二〇億円で売却したが、野口敏也の被告両名への前記代金九五億円の支払は株式会社カコーから受領するものの中から行った。
(6) 熊本地方裁判所における破産者内村健一に対する破産事件は、前記のとおり昭和五五年二月二〇日に破産宣告がなされ、本件物件の売却に伴う売得金その他をもとに中間配当(三割)を実施したが、本件訴訟の口頭弁論終結時たる平成八年八月現在、国を相手方とする不当利得(税金)返還請求訴訟等が未だ係属中であるほか全国に散在する不動産の半数の処分が終了しておらず、同破産事件の終了(最終配当)まではなお相当の期間を要することが見込まれる。
(二) 右認定事実を総合勘案すると、増加する一方の滞納税額と破産債権者への早期配当の必要から本件物件の早期売却を企図しながら本件物件の帰属を巡る訴訟の帰趨と本件物件に存在する不法占有者らへの対応に苦慮していた被告両名が、右懸案事項をいずれも消滅させる旨の好条件を提示した野口敏也に対し破産裁判所の許可を得たうえ代金九五億円で本件物件を売却したことは、時間的・労力的に限られた条件の下で行動する破産管財人としてやむを得ない判断であったと認めるのが相当であり(野口敏也にしても、転売差額金から前記上告取下料・借入金利・不法占有者の排除経費・転売実現までの諸経費等を考慮するとさほどの利益を取得したとは考えられない。)、従って被告両名に破産管財人としての注意義務違反があったということはできないというべぎてある。原告らは、被告らが不法な利得を得る目的で買主たる野口敏也と共謀して本件物件を売却した旨主張し、これに沿うかのごとき証拠として原告髙田茂登男本人尋問の結果があるから、同結果は推測にすぎず、また右共謀の存在を強く否定する被告甲野一郎本人尋問の結果に照らし、未だこれを認めるに足りない。
(三) そうすると、被告両名が行った野口敏也に対する本件物件の売却が違法ということはできないことに帰する。
2 管財経費の濫費(請求原因2(二))及び不良債権者の排除過怠(同2(三))について
請求原因2(二)、(三)の各事実については、本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。
三 まとめ
以上によれば、その余について判断するまでもなく、原告らの本訴請求はいずれも理由がない。
(裁判長裁判官中野哲弘 裁判官荒井九州雄 裁判官硲直子)